大企業の新規事業 成功事例|大企業で新規事業を成功させるために必要なこと

大企業の新規事業 3つの成功事例(iモード、エキナカなど)から、新規事業の成功のために必要なことを読み解きます。

 

■NTTドコモ  新規事業 iモード

平成時代に日本が生んだ超特大ホームラン級な新規事業「NTTドコモ iモード」。iモードという新規事業立上げ成功事例から、大企業が新規事業を成功させるために必要なことを読み解きます。

●ドコモ初代社長 大星公二氏 は、榎啓一氏に「この新商品の開発やってくれ」と「仮称:携帯ゲートウェイ」40枚ほどのレポートを渡した。「部下はいない、社内公募で集めろ、社外からの採用もOK」と。
●携帯電話に有料情報を流し広告収入も得る新規事業「仮称:携帯ゲートウェイ」は、コンサルからの報告書内容。その報告書に目標はあるも、どのような商品をどう創り、どう売るのかと言った具体的記述はない。目標や狙いは素晴らしいが、どう実現するか。

→新規事業の存在・内容を、社長がきちんと把握していること。その新規事業を社長が重要視し、社長がサポートしている事実が極めて重要。
目標や狙いが既に決まっている状態で社長から渡されたのは、新規事業責任者としては、非常にラッキーだったと言えます。
(一方で、世の新規事業は、経営がそこを決めていない、もしくは曖昧な状態で検討開始される場合も多く、新規事業として何をやるかを決めることが大変。)
→人材は社外採用もOKと、社長に取り付けたのは極めて大きい。

 

●コンサルからの報告書を榎氏が見たとき、これは当たりそうだ、商品をうまく創れば大ヒットするのでは、と直感した。以前の支店勤務時に、女子高生ベル友の大流行を経験し、自身の高校生の娘もベル友とやり取りを見て、短文メールというコミュニケーションの強大な力を身近で経験していた。そのため、「ベル友のようなメール機能をうまく作ると、彼女らは買ってくれる、使ってくれるな」という確信が榎氏にあった。

→新規事業責任者(榎氏)に、初めから 体感的確信 があった。机上の空論や理屈や数値ではなく、新規事業責任者に、肌身で感じた経験から得られる信念があり、身体の中から湧き出る生き生きとした成功のイメージがあった。

 

●1997年1月のiモード開発スタート時の陣容は、榎氏 0.5人分(法人営業部門と兼務)。
●社内公募で5名、コンサル2名、NECから出向1名、総勢8人半の組織でスタート。本流のエリートが集まる部署ではなく,社内外からの寄せ集め状態(志願兵と外人部隊)の新規事業プロジェクトスタートだった。

●技術者は社内にいたが、コンテンツやインターネットの知識と経験を持つ人は社内に皆無。社外からの人材を求めた。榎氏は信頼おける人に紹介を頼み、松永真理氏が推薦された。「NTTは男性社会だから、優秀な男性が途中入社するとつぶされるかもしれない。だから女性のほうがいい」と。松永氏はインターネットのプロが必要と判断し、夏野剛氏に声をかけた。
●社外からの強烈な個性2人の加入で、大きく物事が進み、若手社員のやる気が驚くほど向上した。
●地方帰りの中間管理職(榎氏)、雑誌編集者(松永氏)、そして元アルバイトのネットベンチャー副社長(夏野氏)が、新規事業 iモード立上げの対外的なトリオになった。

→新規事業で必要となる能力が社内にない場合、社外から調達(採用)した。ヨソ者の加入により、必要な能力・経験のみならず、内向けではなく外向けの視点、既存の延長線上にない発想と思考回路、ゼロイチ立上げ経験を社外から取り込んだ。
→ヨソ者は2人とも、事業責任者・新規事業責任者(雑誌の編集長、ベンチャーの副社長)を経験しており、自らの意思で判断・決定をすることに慣れていた。
(一般論として、新規事業責任者を外から採用してもうまくいかない(社内の各部署の資産や強みを知らず、社内で信頼も無く、社内の必要部署の協力を得られない。お手並み拝見となってしまう。)が、あくまで新規事業の責任者は榎氏で、その対外的な右腕左腕に、社外からの採用人材を据えたのが、良かったのではないか。)

 

●当時、電子手帳型の情報端末が多数販売されていた。ドコモは1995年にPDA型の携帯電話をスイスのイベントで出展したが、結局製品にならずに消えた失敗経験がある。榎氏はPDAではなく「電話と考えてもらうこと」を目指した。
●当時ドコモ社内にあったDoPa(パケット通信サービス)を、榎氏の判断で全国に広げた。これでコンテンツ配信インフラの目処をつけた。(当時は何百億の投資判断を部長ができた時代。ただこれは技術屋からすれば携帯端末の実情を知らない素人発想だったが)
●DoPaを使う案は、携帯端末側でコンテンツ表示などの処理をすることを意味し、当時の携帯端末の実情からすれば、不可能であった。メモリ容量など増やし、表示画面を大きくすることは、すなわちPDA型携帯端末を意味し、その先には暗い結末しかないことは容易に想像がついた。

→新規事業責任者(榎氏)が、既存リソース・既存の制約から何ができるか考える人ではなく、狙う事業を創るために、やや強引でも既存リソースを拡張・活用し、既存の制約を突破する方法を模索する人であった。

 

●この不可能な課題への対処として、新興ベンチャーACCESSの技術(携帯専用ブラウザ・言語はオープンなHTML準拠)を採用した。当初ドコモ技術陣は、眉唾もの技術だろうと懐疑的だった。
●当時、携帯電話用インターネットの技術仕様は、WAP方式・専用言語HDMLで統一しようとする動きがグローバルであった(エリクソン、モトローラ、ノキアが推す仕様)。ドコモ社内でも、研究所中心に WAP方式こそが標準になるとのムードが蔓延していた。

●しかし、夏野氏は専用言語じゃ誰もコンテンツを作らない、オープンなHTML(Compact HTML)にすべきだと主張。榎氏はACCESSが推すCompact HTMLに一本化すべきか悩んだ末、Compact HTMLを採用。
●新興ベンチャーACCESSの技術(携帯専用ブラウザ)の導入・Compact HTMLに社内は反発したが、社長 大星氏が抑えた。

→ヨソ者(夏野氏)は、社内技術ありきの開発ではなく、新規事業と新規市場がどうなるべきかという構想から検討できた。
→社内の技術専門家(研究所)の主張を否定し、別の技術を採用するという、相当勇気がいる判断を新規事業責任者(榎氏)がした。
→社長がサポートしたことは、極めて重要。

 

●1997年8月 iモード部隊が既存部門から分かれる際、本社から500メートルのビルに移転。本社から適度な距離を置き(色々な横やりが減る・耳に入りづらくなる)、本社からの支援も望める「スープが冷めない」絶妙な距離のビルだった。
●ドコモという役所のような会社にありながら、iモード部隊はやってることは完全にベンチャーだった。

●ちなみにこの時、通信カーナビチーム、SIM方式チームもあった。ドコモ経営幹部としては、通信カーナビやSIM方式の方が iモードより将来性・重要性が高いと考えていたかもしれない。(社長は通信カーナビが大のお気に入りで、技術者もしっかり割り当てられていた)

→新規事業チームの場所を、本社から切り出し、いわゆる「出島」にした。
→iモードは、全社あげての最重要 新規事業案件ではなく、いくつかの新規事業案件のうちの一つ、という位置付けだったようである。

 

●商品コンセプト創りは、ブレストやディスカッションを繰り返し、銀座 ホテル西洋のスイートルームを昼間から借り・クラブ真理というスペースを作り、テレビや出版業界など外部の人・クリエイターに都合良い時間に来てもらい、自由な雰囲気の中で、思いついたことをどんどん話してもらった。24時間ドアを開け、酒を飲みながら色んな話題で盛り上がったり、議論をしたり。ドコモ社内では絶対見ることのない喧騒に溢れていた。実際にiモードのアイデアの多くはここで生まれた。

→社内の常識や既存の延長線上ではなく、社内的には非常識な方法で、社外の自由な発想を積極的に取り込んだ。

 

●iモードの商品コンセプトやコンテンツアイデアで、当初から携わるコンサルと、松永氏・夏野氏の間で衝突が増えた。空中分解になりかけたが、榎氏は「僕はあなたたちより、なっちゃんと真理さんを取ります」とコンサル会社に告げた。
(ドコモ社長の大星氏がマッキンゼーを重用していたことは周知の事実だった)

→新規事業責任者(榎氏)が、社内向けの忖度・社長の顔色伺いではなく、新規事業立上げに必要だと信じる判断をした(サラリーマンとしては相当勇気のいる判断)。

 

●当時のドコモには、運よく小姑が少なかった。携帯電話が売れまくり、業務は増え、権限は委譲され、社員は仕事が楽しく活力があり、とても忙しいので他人の仕事に口を出す暇がほとんどなかった。つまり小姑が現れる環境がなかった。
●iモードの場合、開発開始から販売まで2年かかった。その間お金も人もかかるため、「こんなに金を使っていて本当に売れるのか」「金食い虫」「設備投資は回収できるのか」「売れなかったら責任はとれるのか」という圧力も、社内各所からいろいろあった。
●商品が売れるまでの間、ビジネスが成功するまでの間、チームメンバーを外界の騒音から守ることが、榎氏の大きな仕事の一つであった。

→社内の既存部門からの横やりは色々あったが、チームメンバーを外部の騒音から守り、仕事に集中できるよう、新規事業責任者(榎氏)が認識し、そう対応していた。

 

●商品開発過程で経営幹部へ進捗説明する場面では、今まで見たこともない商品のため「こんなものが売れるのか」と疑問を呈される時もあった。その時は、こんな言葉で二の句が継げないように軽くかわした。「皆さんに売る気はありません。みなさんのお子さんやお孫さんがターゲットです」
●新端末に、社内から「画面が小さい」と指摘があったが、榎は耳を貸さず「インターネット」や「ダウンロード」という言葉も使わなかった。
●iモード以前の携帯電話は白黒液晶画面で、画面は時刻・電話番号・電池残量を表示する3行しかなく、小さくてコンテンツ表示は極めて貧弱。社内も、社外の方々もiモードは売れないと思っていたようである。

→多くのサラリーマンは、経営幹部から指摘されると日和ってしまうが、新規事業責任者(榎氏)が確固たるものを自らの中に構築しており(体感的確信)、経営幹部や社内からの指摘に、日和らない人間だった。

 

●1998年4月、W3C Mobile Access Workshopにて、WAP陣営とCompact HTML陣営が直接対決。ドコモ夏野はこの場で「DoCoMo’s Gateway Service」と称し、計画中のコンテンツサービス概要を披露。あらゆるものがつながる未来に、オープンなHTMLを使う以外にありえない(WAPのような専用言語では普及しない)と主張。この時点で、ドコモ社内にWAPを支持する声が根強く残っていたが、もともとドコモ社員ではない夏野は、そんなことはお構いなし。

→ヨソ者(夏野氏)の強みで、社内のしがらみなく、状況を突破。

 

●iモードの発表記者会見(NTTの通例のやり方)に、参加した記者は「たったの7人」。我慢のならない松永氏が榎氏に噛みつき、2度目の発表記者会見を開くように迫る。
●2度目の発表記者会見で広末を起用。広末目当てで集まった報道陣は約500人。

→ヨソ者(松永氏)がいなければ、たったの7人の記者のままだった。

 

●1999年2月22日、iモード開始(富士通 F501i発売)。最初の1ヶ月は低調で、3月18日時点での契約数は全国でわずか1万4000。
●3月24日 NEC N501i、三菱電機 D501i発売、この頃風向きが変わり始め、4月22日時点の累積加入数が11万を超えた。1カ月間で約10万の契約獲得。
●5月20日 松下通信工業 P501i発売、この後契約が激増、8月8日に100万を超え、10月に200万を超えた。サービス開始から約1年間で400万を突破。

https://www.sankeibiz.jp/business/news/170217/bsj1702170500001-n1.htm
https://newspicks.com/news/633569/body/ 
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO85609010T10C15A4000000/
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32954930T10C18A7000001/
https://www.4gamer.net/games/000/G000000/20131111062/

ちなみに、NTTドコモは2012年に創業20年になったが、その間多くの製品やサービスを世に出すも、主力商品になったのはiモードだけ。まさに「千三つ」、1000件トライして3つヒットすればよいという世界なのが新規事業。

 

■ドコモ ヘルスケア(ジョイントベンチャー)

通信業界・ヘルスケア業界の業界トップのドコモとオムロンのジョイントベンチャー成功事例から、大企業の新規事業の成功のために必要なことを読み解きます。

●ドコモとオムロンヘルスケアは、両社の経営資源を活用し、健康支援サービスの企画・開発・提供を行うドコモ・ヘルスケア株式会社を2012年7月設立。設立時の従業員は約25名、社長は竹林 一氏。
●オムロンの技術力を基盤とした機器開発力、ドコモのサービス開発と圧倒的なスマホユーザー数の強み。高信頼性の機器を作る製造業文化と、サービスを作るサービス業文化は、良い悪いではなく、投資の考え方やスピード感・顧客の関係性まで全く違う。だからこそオープンイノベーション で、オムロンードコモとで連携した。

●新規事業立上げにて最も大切なのは「新しい事業の世界観」。「新しい世界観」を一言で説明出来るかが、社内外の共感を生み出すかの重要なポイント。
●事業成功にとって大切なのは“着眼大局・着手小局”。着眼大局は、先の“世界観”のこと。着手小局は、想定する価値創出の仮説があっているのかどうか、知恵を結集し、小さく早く試行錯誤を繰り返すこと。それにより、成功するパターン、成功しないパターンを学んでいく。 
https://japan.cnet.com/article/35043329/
https://www.projectdesign.jp/201612/create-the-future/003314.php

 

■オムロン竹林 一氏が主張する、新規事業立上げに「起承転結」人材が必要理論

●新規事業を立ち上げるうえで、起・承・転・結の人材が必要。
「起」0から1を生み出す人
「承」1をn倍化するグランドデザインを描ける人
「転」n倍化する過程で戦略思考があり、KPI設定・リスク管理できる人
「結」きっちりやり続けて改善してくれる人

https://bz-cdn.shoeisha.jp/static/images/article/3581/3579_004_2.jpg

●今の大企業で活躍する人のほとんどが「転・結」の力を発揮している人。ただ、その事業自体が賞味期限切れになり、もう一度「起・承」に戻らないといけない。けれど、皆それをやったことがないから戸惑っている。今はそういう状況。
●イノベーションと言われても何していいかわからないし、「失敗は許されない」という感覚が染み付いているから、なかなか挑戦もできない。

●「起」は傍目から見ると「何やっているか分からない」人で、遊んでいるようにしか見えない。「転」のマネジャーが1番嫌うタイプです。よく分からないし、コントロール不能だから。「起」は、世の中がこれを必要とされているからという動機で行動する。対して「転」人材は社内のロジックを重視するタイプだから、ギャップが大きい。
「起」人材は、もはや大企業にはほとんどいないベンチャーや学生のような“大企業の外側”にいることが多い。
●楽天で三木谷さんがM&Aしているのも「承」の役割かもしれない。外側の「起」を、大きな器に組み合わせていく。

https://logmi.jp/business/articles/320474
https://bizzine.jp/article/detail/3581?p=4

●「起」人材の獲得 &「起」人材を育成する場の獲得。大企業の新規事業立上げは、0→1立上げ直後のスタートアップ買収が最適。

https://blog.mychef.jp/2019/10/06/corporate-startup-engagement/

大企業の新規事業 立ち上げ|0→1立上げ直後のスタートアップ買収が最適解

新規事業 向いている人の見分け方|大企業の社内新規事業 担当者の選び方

 

■JR東日本  エキュート(エキナカ)

大企業JR東日本における、エキナカ新業態開発「「ecute(エキュート)」の成功事例から、大企業の新規事業の成功のために必要なことを読み解きます。

https://www.jreast.co.jp/life_service/station/img/space_ecute_img02.jpg

●鉄道利用客は1993年を境に減少に転じ、営業利益の70%を鉄道に依存してきたJR東日本が、2000年 中期経営構想「ステーションルネッサンス 」という考え方を打ち出し、その下で駅のあり方や価値を見直す計画・新規事業。
●2001年12月、大宮駅・立川駅開発プロジェクト(駅構内での新業態開発)が発足し、プロジェクトは鎌田氏(当時35歳)含め3人でスタート。
●鎌田氏は、JR東日本 文系大卒女子 一期生として入社。駅旅行センター、上野駅再開発プロジェクト、大手百貨店へ出向。その後も、グランデュオ開業準備室、吉祥寺ロンロン出向など流通畑を歩む。

→鉄道事業が本流で、超男性社会の会社において、流通畑&女性という “社内異端児” を、新規事業リーダーに据えた。
 →目標や狙いが決まっている状態で社長から渡されたのは、新規事業責任者としては、非常にラッキーだったと言えます。
(一方で、世の新規事業は、経営がそこを決めていない、もしくは曖昧な状態で検討開始される場合も多く、新規事業として何をやるかを決めることが大変。)

 

●大宮駅・上野駅を終日観察し、乗降客の動きや駅構内で買う物の傾向、値段もつぶさに観察し、分析・調査を経て、新業態の企画書を役員会に提出。
●商業スペースとコンコースを一つの統一された空間としてトータルコーディネートし、お客様の利便性を第一に開発すべきという主張の企画書。従来の鉄道会社の認識は、コンコースと店舗は別物である(駅ビル)という認識で、過去にない試み。

→他社事例や過去事例を調べるのではなく、現地観察により一次情報を集め、社内常識に囚われず、会社の方向性とお客様の潜在ニーズを捉えて企画を検討した。

 

●企画を進める際に壁になったのは、社内の縦割り組織。鉄道事業は組織が系統別に分かれ、駅の施設も財産区分が縦割りされ、各部門が既存ルールに基づいて管理する。一方、駅構内を1つの空間としてトータルにコーディネートするには、横串を通さなければならず、様々な摩擦が生じた。
(例えば、トイレの便座数は、駅の乗降客数を元に算出されるルールで、男性用のほうが多くなる。しかし新しい空間では、女性の方が滞留確率が高まると予想され、女性用トイレを増やしたいと交渉すると、算定根拠を求められた。
コンコースの照明や床材も、デザインから保守まで任せてほしいと交渉するが、鉄道事業の各部門は既存の権限が切り離されることに抵抗を示した。)

●新規事業をスタートできたのは、社長の「鶴のひと声」。「若い人たちが必死にやらせてくれといっている。新しい仕組みでやらせてみてはどうか。」と。

→社内の常識や既存の延長線上ではなく、社内の既存組織のルールありきではなく、創りたい世界観から、既存組織との調整を進めた。
→新規事業の存在と内容を、社長がきちんと把握していること。その新規事業を社長がサポートしていることは、極めて重要。

 

●新規事業メンバーは、子会社60社に向けグループ内公募をし、20代~30代前半の若手を採用すると、出身を問わず、同じ仕事なら同じ役職につけた。やる気のある、若手素人チーム。
●出身会社がバラバラなこともあり、プロジェクトメンバーの座標軸の共有に力を入れた。言葉で頭で理解するのではなく、新宿の百貨店・駅ビルのルミネに立ちその場の音を聞いて平場と場所貸しの違いを感じたり、ショートケーキ20店舗から買ってきて試食してどれが一番美味しいか議論したり。そのような体感を通じて、価値観や認識を合わせていった。

→やる気ある「若者」「(社内の)ヨソ者」でチーム構成することで、基幹事業(鉄道関連)の常識ではなく、新しいものを作ろうとした。
→「(社内の)ヨソ者」たちは、社内常識にない発想はあるが、一方で経験や認識・価値観が当然バラバラというデメリットがある。価値観や認識を揃えるために、体験の共有を重視した。

 

●売場の業種構成、店のラインアップ、出店依頼は苦戦の連続。当時、駅の改札内の店舗はキオスク・駅そばくらいしかなく、しかもそれらビジネスは右肩下がり。
●エキナカ空間に、どういう人にどういう潜在ニーズがあり、どんな店舗をどのように結びつければ良いか誰も知らず、ゼロから検討する必要があった。
●出店交渉は困難を極め、10社中9社に断られた。駅構内に良いイメージがなく「うちのお店を駅に出したらブランドイメージが悪くなる」「あんな労働環境(長時間営業)の中でうちの社員は働かせられない」と断られた。
●10社中9社に断られたが、何度も通い、説得を続けた。出店した企業は、「駅にビジネスチャンスがあるとは思ってないけど、熱意に負けた」と後日言った。

 

●急ぐ客に足を止めてもらい買い物へと引き込むエキナカは、買い物が目的の百貨店とは目的や機能が異なる。同じことをしても集客できない。目的が異なれば、求められる商品の価格帯も異なる。例えば、ギフト商品は帰省用・友人宅への手みやげなど800~2000円の手頃な価格の商品が求められる。そこで店舗側に、エキナカ用の新業態や新商品の開発を求めた。

→普通の熱量だと、断られ続けると心が折れてしまうし、テナント企業は新商品を求められても断りますが、実績が全く不明な中で、その要望に対応したのは、チームとして非常に強い熱量を作れていたのだと思います。

●2005年3月 JR大宮駅 ecute大宮オープン、68店舗。

https://woman-type.jp/s/vitamin03/18/
https://www.works-i.com/works/item/w91-seikou.pdf

 

■大企業で新規事業をつくるために、アイデアより重要なこと(ゼロワンブースター 鈴木氏)

●成果を出そうと焦る大企業は、新規事業開発の「ツール」に飛びつきがち。アクセラレーター、CVC、社内ベンチャー制度など、事業創出ツールは様々ある。しかしこれらのツールは、社内の課題を特定してから、解決策として導入すべきもの。
「本気度が低いチームほど、”Why”を追求することなく、安易にツールに飛びつき」、失敗を繰り返す。

https://www.projectdesign.jp/201803/images/gazou/20_3.jpg

●大企業の経営陣は「社員に当事者意識がない」「社内にアイデアがない」ことを新規事業が育たない理由にあげることも多いが、この認識自体が間違っている。当事者意識はある。アイデアもある。それでも新事業が生まれないのは、大企業の体制や考え方に理由がある
●大企業は「1億円ならコスト削減したら簡単に生まれるよ」と言います。要は、新規事業を作り育てるよりも、目先のコスト削減したほうが楽という発想。これでは新規事業のインセンティブがなくなってしまう。

●これら課題を解決し、大企業で新規事業を作るヒントとして挙げるのは、クレイトン・クリステンセン教授の言葉
「ディスラプティブな価値を求める顧客と向き合える組織に任せなさい。小さな勝利にもインセンティブが働く小さな組織に任せなさい。小さい犠牲で済む失敗を繰り返しなさい。主流組織のプロセスや価値基準から離しなさい」

●この言葉を大企業に取り入れるとしたら、社内で新規に事業を起こそうとするのではなく、社内外の起業家人材を活かす組織をどう作るかがカギになる。
起業家人材には、社外のベンチャー起業家はもちろん、社内起業家も含まれる。起業家人材が持つ、社会に貢献したい、世の中に良い価値を届けたいという熱狂的な思いやアイデアを掬い上げ、試行錯誤を許し、長い目で育て上げることで、ようやくイノベーションの芽が出始める。

●大企業には沢山のしがらみがあり、価値基準や風土を変えることは難しいのはわかります。時間もかかるでしょう。それでも、これからの時代にイノベーションを求めるのであれば、起業家人材を受け入れ、活躍させる組織づくりをすることが必要だと、強く思っている。

https://www.projectdesign.jp/201803/venture-co-creation/004612.php

●起業家人材の獲得、大企業の新規事業立上げは、0→1立上げ直後のスタートアップ買収が最適。

https://blog.mychef.jp/2019/10/06/corporate-startup-engagement/

大企業の新規事業 立ち上げ|0→1立上げ直後のスタートアップ買収が最適解

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